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4人の妻
(仏教の質問箱T:ひろさちや著、鈴木出版、1993年)


あるところに4人の妻をもった男がいた。
彼は、第一の妻を溺愛して、高価な美しい服を買いあたえ、おいしい物もたくさん食べさせた。しかし、あるとき、男は遠い国へ行かなければならなくなった。
しかし、第一の妻は ・・・・
(第一の妻) 一緒に行くなんていやですわ。わたしはこの国にいて、あなたに大切にされて、思い通りの生活ができるから幸せなんじゃないですか。遠い国へ行くなんて絶対に、いや!
(男) あんなにかわいがってやったのに。
第二の妻は ・・・・
(第二の妻) わたしだってずいぶんあなたを楽しませてあげたわ。
(男) 第二夫人よ おまえもか。ずいぶん大切にしてやったではないか。
(第二の妻) 第一夫人がいやだというなら、わたしもいやです。
(男) えー
第三の妻は ・・・・
(男) 第三夫人よ。
(第三の妻) 困りましたわねえ。 じゃあ、こうしましょう。あそこの国境まで見送ってそこでお別れしましょう。
(男) だれもいっしょに行ってはくれないのか。みんなあんなに大切にしてやったのに。そうだ、第四夫人がいた。
しかし、第四夫人は、あまり大切にしていなかった。
(第四の妻) ええ、いいですとも。あなたのいらっしゃるところなら、どこへでも、お供しますわ。
(男) そうか。行ってくれるか。ありがとう。ありがとう。おまえが、私にとっていちばん大切な妻だったことが、今はじめてわかったよ。

(ひろさちや) どうだい この話。
(近藤展子) おもしろい話ですね。
(ひろさちや) これは、たとえ話でね。遠い国へ行くというのは、死を意味してるんだ。
(近藤展子) あっ。
(ひろさちや) 溺愛したけど あの世へは いっしょに行ってくれない第一夫人は、肉体をさすんだよ。第二夫人は、財産だ。
(近藤展子) これもあの世へは、持って行けませんね。
(ひろさちや) 第三夫人は、妻子や兄弟、友人など、この世でつきあった人間だ。
(近藤展子) なるほど・・・・。別れを悲しんだり、あの世での無事を祈ったりはできますけど、一緒に行くことはできませんね。
(ひろさちや) どこまでも一緒に行ってくれる第四夫人こそ心なんだ。
(近藤展子) ふだんはあまり気にかけないけど。結局は心以外、何もあの世へは持って行けないんですね。
(ひろさちや) そうなんだ。なぜなら第一夫人から第三夫人までのものはこの世で生きるためにほとけさまからお預かりしたものなんだから。
(近藤展子) あの世へ行くときは、ほとけさまにお返ししなければならない。
(ひろさちや) そのとおりだ。

(仏教の質問箱T:ひろさちや著、鈴木出版、1993年)